ラベル 上海雑伎団スレ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 上海雑伎団スレ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2010年12月8日水曜日

上海雑技団スレ【第三十五幕】

1000 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/21(日) 23:24:51 XY1x9vXA0
>>クレさん
あれだけ成果出してるクレさんが、
108さんとかその考え方に対して、クールなのが、いつも意外なんだよね。

普通なら108さん最高、みんな108さんにしたがえーーーってなるもんねぇ。


17 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 08:59:35 qLe.ummcO
>>前スレ1000
スレ跨ぎレス久しぶりだなあ。
そこが私の臆病なところです。私は108さんが信じられないんですよwいつか釣り宣言されるんじゃないかとか思ってるしw
でも一面でチケットを実践する。そこが私の妥協点です。

実践してちょっと効果があったときは、108マンセー状態でした。しかし、どこかで「偶然じゃね?」という思いが芽生えた。なんでかはもうわかりません。

それはエゴの囁きかもしれない。しかし、それが床に零した水のように徐々に広がっていきました。もともと胡散臭い話ですしね。
それに、チケットを手にする人は、ほとんどが私の様に何かしら人生で躓いて目に見えない力に頼りたくなったときでしょう。冷静になったときの胡散臭さは半端じゃなかった。
最早信じるのは難しい。だけど、108式で効果を上げるには108式を実践せざるを得ない。108式の実践をやめるというのは、完全にチケットに浸かった私には考えられなかった。

そこで私が出した妥協点が、108マンセーはできないけど、108式を全面的に受け入れて、それを前提として行動を取るという微妙な距離感だったわけです。
もし釣り宣言されたときは大人しく撤退すればいいだけだし、それで効果があれば、チケットのおかげだろうが自分の力だろうがどっちでもいい。儲けもの。チケット自体釣りであっても、少なくとも精神的安定には役に立つ。

そんな臆病なのが私ですwちゃんと話すと3レスくらい欲しいからこのくらいで。


2 名前: chi_san 投稿日: 2010/11/21(日) 11:53:40 RkYcYn9w0
こんにちは。ここ数週間クレさんの「なる」というのを実践してます。
今特定の人からベタ惚れされているに「なって」いますが
わたしの最終的な目標は理想の人と結婚するです。
いまベタ惚れされている人はまだ性格も知らない人です。
この場合、最終的な目標である理想の人と結婚するわたしに「なった」
ほうが、賢明なんでしょうか…
私は特定の人も、理想の人も手に入れたいのです。
どなたか、助言頂けたら本当に嬉しいです。
よろしくお願いします


24 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 13:02:59 qLe.ummcO
>>2
その特定の人と理想の人は別の人ということですね?

私は、どちらも欲しいならどちらも手に入れて(としか表現しようがない)も構わないと思います。
私も同じ様な考えでしたが、実際は周囲の一人が特定の人間でありながら理想をも兼ね備えていました。そんなこともあります。

要は、あなたにしっくり来るか来ないかです。文章にすると長くなりますが、実際はそれほど考える必要性はないです。それに、今のままだと「理想の人は現れない」というわけでもないです。
そういう意味でも気楽にやってみて下さい。「なった」ことを忘れてしまうくらいでもちょうどいい。



8 名前: 55 ◆52uE3j0pa6 [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 00:18:12 o9z6Jxt.0
前スレ>>999クレさん
縁とは、連続性であると言えるし、世界そのものであると言えるでしょう。

時間と死を完全に採用しないというのは、縁を切るということ、
すなわち世界を捨てるということに等しいと思った次第です。

しかしながら、縁の中にいることと、縁に依存することは違いますけどね。
依存しないことで、縁の中にいながらなお、縁から自由であることが出来ると考えます。

例えば、

> 時間という概念を採用しているということに気付いた時点で、
> もうほとんど時間概念を採用していないのかもしれない。

も然り。


16 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 08:44:35 qLe.ummcO
>>8
申し訳ない。私の理解が全く及びません。
とりあえず縁を切ってみようとしたら、何の縁を切ればいいのか全くわかりません。縁とは何との縁なのですか?


22 名前: 55 ◆52uE3j0pa6 [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 12:29:13 o9z6Jxt.0
>>16
とりあえず、縁を切ることをすすめているのではありません。
時間から完全に離れるというのは、縁を切ることに等しいのでは、という問いです。
縁とは、私と連続するもの全てです。家族や恋人、仕事、目的、成果、思い出etc.


23 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 12:54:00 qLe.ummcO
>>22
すすめられてないのはわかってますが、その発言内容を私が実行に移すかどうかとは拘わりないでしょう。

さすがに断定されてたら問いとは思えませんてw
問いを私に発したのかわかりませんが、縁を切ることが物事の連続性を断ち切るという意味なのであれば、私もそう思います。
私の理解では時間とは物事の連続性ですから。



30 名前: 55 ◆52uE3j0pa6 [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 15:15:43 o9z6Jxt.0
>>28 ぶたまんさん
連続性のええとこどりですね?w
わかります。私も日常生活ではそのようにしています。

が、クレさんの視界には、連続性からの完全なる離脱があるように思えたので、
その実験に興味をひかれた次第です。(見当ハズレならゴメンよ、クレさん)

もしも連続性から完全に離脱するとならば、
ええとこどる主体、これも連続性の一部として連なっているものなので、
これからも離脱することになりますでしょう?

あの悲しい思い出と同時に、あの素敵な思い出、今ある家族や恋人との絆、
そういったもの全てからおさらばするということではないのかなあ、と思うのですよ。


26 名前: 55 ◆52uE3j0pa6 [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 13:47:54 o9z6Jxt.0
>>23
> すすめられてないのはわかってますが、

それは良かったです。すすめているように捉えられてはいまいかと勘繰ってしまいました。
私が自分の「こうだ」と思うところを書くことが、誰かの実験の方向を断定することになるのは本意ではありませんから。

> 私の理解では時間とは物事の連続性ですから。

そうなんです。私もそのように理解しています。
そしてその連続性は、1時から2時へ、ここからそこへという連続だけでなく、全体としてある。
その全体の中には、クレさん、当然、あなた自身も含まれているわけでしょう?
時間から完全に離れるということは、クレさんがクレさんでなくなるということではないかと思うのです。
私が私でなくなるということ。私はこれを本当に望んでいるのでしょうか?(←これは私への自問です)


42 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 22:50:44 qLe.ummcO
>>30
>>26
私が私でなくなるというのは、世界から切り離された意味での私ですよね?


私が時間を捨てたとき、確かに私は私でなくなるかもしれません。しかし、私は本来世界であって、私は本来の私に帰るだけでしょう。私はそれでも構わない。

そして連続性を断ち切ることができるなら、また繋ぎ合わせることもできるはずです。まして、現在私はその連続性の中にある。
そうであれば、バイパスするように過去と未来を繋ぐこともできやしないかと…まあ今考えたんですがw

その見当は当たってます。しかし、私の思い出も最初から全て存在するのだから、それからおさらばするというよりはそこに向かうという方向性でしょう。


28 名前: ぶたまん [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 14:35:24 q4sTfO0w0
>>22 55さん
>>23 クレさん

ん~、気分は形而上ww

時間とは物事の連続性・・つまり、思い出とは過去の物事(出来事)であり、今はそれら連続の線上にある。
その連続性を切るか切らないかの主体、イニシアティブは今の自分にあるべき。
思い出(あるいは過去の記憶)を採用することを、今が必要とするなら能動的に採用すれば良く、
今必要のない思い出が勝手に(エゴによって)再生されてしまうのなら、能動的に切れば良い。

過去の後悔の念がふつふつと湧いて嫌な気分になれば、断固として「いらんわい」すれば良く、
過去の記憶がヒラメイてわくわくしてくれば、「よくぞそいつを思い出した」ってウハウハ縁をたぐれば良い。

んじゃなかろうか、と勝手に思うのでありました~

っていうっか、ついさっきビジネス商談中になぜか過去のあれこれがいっぱいヒットして、手繰り寄せたら、
おお~オイラッて天才? ってなって、先方から「今日は、ためになる提案あんがとね」って。
過去との縁が役に立った。
あ、お二人の話と「意味」「次元」がちゃうか?

 「過去を悔やむな、未来を憂うな。なぜならそんなものは、今ここにはない。」

 「経験を捨てるな、夢を捨てるな。なぜならそれは、今ここで実を結ぶ。」

詠み人:ぶたまん


43 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 22:53:19 qLe.ummcO
>>28
形而上的などうでもいい感じが好き。形而上学の人には怒られそうだ。


35 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 18:57:21 XE9C7mPc0
クレさんと108さんは直接対話した事ありますか?


38 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/11/22(月) 21:02:02 jkKOU4xYC
刑法総論の過失のところで信頼の原則ってありますよね。これは自分にとっての引き寄せの法則の原理と同じです。


46 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 23:09:39 qLe.ummcO
>>35
ないぜ!

>>38
あれは結局事故起こってるけどいいのかw


53 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/23(火) 00:44:49 XcCbX5EEO
>>51
うーん、酔って何かすっとろくな事せんな…

こういうことあからさまに書いちゃうからスルー対象んなるんだわなw
クレさんに自分の行動を依存させようなどと、愚の骨頂甚だしい。


スマンですけど、以上はレス不要の一人語り扱いでよろしゅうに。
>>50のクレさんがどうなのかもレス不要っすw
失礼こきますた


56 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/23(火) 01:03:52 qLe.ummcO
>>53

>>50の私って何かな?
申し訳ない。私はレス発見能力に乏しいから見落としがちなんです。現にその近辺の人にもレスしてないでしょう。

さて、「信」を%で把握するのは、「信」を量的に把握していることは疑いを容れませんね。私は、盲信かどうかは質的な違いに過ぎないと思います。
私は、盲信はしていないけど疑いを容れることなく十割身を任せられる人間が何人もいます。

したがって、私はやはり108式を信じられません。しかし、逆に私は信じることを放棄して、その変わりにしばらく108式を全面的に肯定し受け入れる形を取ったがために、結局は信じるのとさして変わらない在り方を私にもたらした、と、考えています。


47 名前: ぶたまん [sage] 投稿日: 2010/11/22(月) 23:42:16 q4sTfO0w0
>>43 クレさん
形而上学といえば、やむなく単位合わせのために勉強させられた哲学の独我論を思い出したww 「可」だったがww
でもそれって「シュレーディンガーの猫」と同じじゃん、と今気が付いた。

オイラが明確に意図するまで、すべてのことは量子がもつれ合った状態?


57 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/23(火) 01:06:22 qLe.ummcO
>>47
哲学や法律学はチケットを実践するのに大変役立った気がします。だから、なんかレスを重ねるほど理屈っぽくなってる気もしますw

「C」じゃなくて「可」ってことは半分くらい大学が絞れますな。


49 名前: 55 ◆52uE3j0pa6 [sage] 投稿日: 2010/11/23(火) 00:04:46 o9z6Jxt.0
>>42 クレさん
全てが既にあるのですから、なるほど、厳密にはおさらばとは言えませんね。
しかして私は、これを完全に断ち切ることに一抹の寂しさを感じてしまいます。
私という連続している物語に愛着があるからでしょう。
山あり谷あり、紆余曲折してきた私という凸凹な物語を、丸ごと愛するようになったからかもしれません。
以前、なぜエスターはエイブラハムと、ダリルはバシャールと、それぞれ分離したままなのだろうか?
と疑問に思ったことがありました。
今ならそれがなぜなのか、わかるような気がします。

と、話は変わってしまいましたがw
ともあれ私は連続性の中から語っているので、そこから完全に離脱した先の実相を知りません。
どうぞとくと超えていって下さい。で、言語化できる範囲でシェアして下さい。


59 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/23(火) 01:13:20 qLe.ummcO
>>49
その気持ちはわかるかも。確かに私も一抹の寂しさを感じます。それは私という「我」がなくなることであるから、やはり私は私でなくなるということも変わりない。

しかし私は死にすら好奇心を覚えますから、やはり私が私でなくなることにも好奇心があります。ただ、私がなくなると私にレスをくれた55さんはおろかチケット板もまたなくなると言えるので、果たして体験しても伝えられるのかw

ともあれやってみますノシ


61 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/23(火) 01:25:02 qLe.ummcO
そういえば数日レスを重ねる間に最近私の抱えていた騒音問題がいい意味で予想を裏切って今朝解決しました。なんかいろいろ悶えていましたが、レスを重ねる中で私に変化があったようです。

今回ばかりは「私の実力w」ではどうにかならなかったので、こういうときはチケットを信じたくなります。しかし、やはり偶然という可能性がそれを阻害しますw


あとレスし忘れましたが、55さん、私チケットしか知らないので、エスターヒックス?の名前くらいはわかりますが、他は全くわかりませんwエイブラハムって人の名前かと思っていました。別の領域的なものなのかな?

質疑スレできて以来ここでこんなにレスしたのは初めてかと思いますが、なかなか楽しかったです。



60 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/23(火) 01:19:11 4nPHV6Hs0
クレさん

変な質問ですが、例えばエゴがAを望んだが別の領域はより素晴らしいBをプレゼントした。
で、大抵の人はこれで「やったー、Aよりも素晴らしいBゲット!」と
喜ぶと思うのですが、これってなんなんでしょう?

別の領域はその人その人にとって最善のものを知っているのなら
我々の自由意志なんて信頼するに値せず
本来的なあり方として私たちは願望を抱くことすらしなくてよいしないのでしょうか?

望むことすらせずにただただ別の領域に任せればそれが最善の結果に
つながるのなら願望など抱くこと自体不毛じゃないか?

なんて思いました。


63 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/23(火) 01:36:47 qLe.ummcO
おっと、去る前に。

>>60
>大抵の人はこれで「やったー、Aよりも素晴らしいBゲット!」と
喜ぶと思うのですが、これってなんなんでしょう?

いわゆる、望み以上のものをくれるというやつですね。

>別の領域はその人その人にとって最善のものを知っているのなら
>我々の自由意志なんて信頼するに値せず
>本来的なあり方として私たちは願望を抱くことすらしなくてよいしないのでしょうか?

信頼とは、誰が信頼するのでしょう?私達が自分の意思を信頼するというのは変ですし、別の領域がというのも座りが悪い。


本来的に願望を抱く必要性はないと思います。
願望がなくとも、私達は私達が幸せと考えるものを得られます。
だからといって、願望を抱くことは不毛ではないでしょう。なぜなら、それが叶ったとき、確実に私達は幸せを感じ喜びを噛み締めることができるからです。

ある種「わかりやすい」のが願望であるかと思います。意識していない幸せな側面は、私達は気付きにくい。それが当たり前に近くなってしまうから。
しかし、本来は願望も叶って当たり前、くらいであっておかしくない。


要は、願望を抱いても抱かなくても、どちらでもよいといったところです。
思うままを一気に書いてしまった。


260 名前: もぎりの名無しさん ◆DAZEwW3Y2c [sage] 投稿日: 2010/11/25(木) 18:19:45 JQ/auSvg0
という辛気臭い話をしていたら、テレビで少年に死刑判決のニュースが。
「更生の可能性はない」だそうな(´・ω・`)……。

まぁ裁判官がそう言ったのかは知らないが、可能性を見極めるコトができるだなんて
まったくもってエゴだよのぅ…。
別に死刑廃止論者ではないが、人が人を裁き、正義の名の下に人を殺す、というコトに
なんとも人間らしい狡猾な野蛮さを感じるのだぜ。
ま、野蛮でもイイんだが、そろそろ別の手段を見つけてもイイ頃ではなかろうかのぅ(´・ω・`)ー3


261 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/25(木) 18:27:35 qLe.ummcO
>>260
世の中には社会奉仕命令っていう刑罰もあるはあるけどね。
でも正義の下に殺してくれないと遺族の気持ちはおさまらないという事情もあるのだよ。もちろん殺しておさまるわけじゃあないけどね。

終身刑にしたらしたで犯罪者を刑務所に入れておくのにとんでもない金もかかるのよ。
とか現実的なマジレスしておくわ。

2010年11月22日月曜日

上海雑伎団スレ【第三十四幕】

298 名前: 信頼 [sage] 投稿日: 2010/11/08(月) 17:53:02 6qQB0GXU0
今ここを読んでますが、笑いが止まらないんですよw
魂の共鳴現象とでもいいましょうか、友人と意気投合した感覚とでもいいましょうか。
以前読んだ時はこんな事なかったんですが、とにかく面白い!

津留晃一の新人類の覚醒進化プログラム
http://www1.ttcn.ne.jp/turu/sub3.htm

真面目に考えるのちょっと止めてみよ!
深刻に考えるのちょっとストップストップ!
それ本当に正しい事かな?100パーセントそう言える?
軽く行こうよ軽くねw

一つだけ例を挙げますね。
例えば男性の悩みの一つにハゲがありますね。
これね、ハゲで悩んでる人は、100%ハゲの人を馬鹿にしてます。
で、なければハゲているって事で悩む事はありません。
今、ハゲてない人がハゲを恐れている人も同じですよ。

このハゲの部分は何に入れ替えても通じますね。


305 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/08(月) 19:07:25 qLe.ummcO
>>298
ハゲの例が例になっていない件について


383 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/09(火) 22:06:42 EtlbEhm60
晩酌のサカナに、
ちょっとした仮説を書いてみるw


時間ってあるのだろうか・・・・ ・ ・  ・?


チケット板でよく語られる、過去も未来もなく今現在のみがあるという話ではない。
時間そのものが自明の前提としてあるのだろうかという問いだ。

私は時間そのものを疑ってかかっています。今この一瞬ですら、
今でないものを今として私たちが現象化させたものではないかと!


順をおって説明します。
チケット、シークレット、エイブラハム、引き寄せの法則、波動の法則など。
十把一絡げにまとめるのは乱暴ですが、パラダイム転換の主張と読めます。

モノは存在するから認識するのではなく、真実は逆だというのが共通骨子だと思います。
認識することによってコトが現象化する。すべては観念の通りに物事は展開している。
もっと突き詰めていうと、モノと認識との関係は、一対一の対応関係ではなく、
多対一のマトリックス変換の対応であるということにつながっていくのですが。


それで、時間についてですが、過去スレをはじめ直結ブログでも
私たちは直線的な過去→現在→未来という直線的時間観を放棄してきました。
ですが『時間そのものが存在する』ということは疑ってこなかったのではないでしょうか。

今この一瞬しかないと主張する人も、過去と未来は想像にすぎないと喝破されても、
今この一瞬という『時間の存在自体』に疑いのまなざしを向けられたことは恐らくないと思います。
直結ブログの第4章で「この世界には結果しかない」と108さんが主張されたときも、
「今に過去も未来もすべてがあるのだから当然」という反応をされた方も多いと思いますが、
これも時間の存在自体は肯定しているわけです。

だけど、引き寄せの仕組みからするとおかしくないでしょうか。
ありとあらゆる目に見えるもの、これらが認識や観念によって現象化しているのなら、
時間そのものも、私たちの意識によって現象化したとは考えられないでしょうか?

時間は、私たちを包み込む絶対自明の容器として存在するのではなく、
時間を超えたモノ(マトリックスの根源であり時間の概念ではとらえられない何か)が
現象化のシステムにかかわって時間として現れているのではないかという可能性が、
引き寄せのシステムから考えると、単純にでてくると思います。


あ。上に書いたことを真にうけないでくださいね。
そういうことも考えられるよってことです。酒のサカナですw


390 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/09(火) 22:40:59 qLe.ummcO
>>383
議論をすり合わせるならそれぞれが想定していた「時間」の定義を明らかにする必要があるな。
だがおもしろい。もっと語ってくれ。


540 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/12(金) 14:45:06 CKKZ23Qw0
>>517>>522観測者さん
少しわかる。そこそこ本願も色々叶ってるので心が安定してる自分だが、同じようにしても叶わなくて苦しんで荒れる友人を見るのが辛い。
楽になってほしくてかける言葉もうまく届かないよ
>>528のようにするしかないのか・・・


543 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/12(金) 15:40:34 qLe.ummcO
>>540
その人を信じるといいよ。他人も投影であることを肯定できるなら、その人の"大丈夫さ"を信じた限度でその人が大丈夫であることを現象として確認できる。
それは、心配を手放すことと等しい。


544 名前: 540 [sage] 投稿日: 2010/11/12(金) 16:24:58 CKKZ23Qw0
! クレさん。 ありがとう やっぱりそうだよね。それしかないんだわ。


551 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/12(金) 21:33:43 qLe.ummcO
>>544
"しかない"わけではない。可能性は無限にあることは常に念頭に置いておいた方が無難だと思うよ。
内面の投影を肯定できるできないに関わらず。



930 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/11/21(日) 15:46:41 66lV647I0
>>927
ついでに書けば、私は「そうなのかもしれない」と思い始めている。
ただまだ信じ切れていないし信じたくない部分もある。
愛する人を事故や病気でなくした人が、「その現実はあなたが創りました。
意識的か無意識かにかかわらず、あなたの内面が殺しました。」
と言われてるようなものだから。これはきついを通り越している。
でも、そうかもしれない、と思い始めている。
現実は内面の投影を採用している方々は、こんなふうに考えるのは「馬鹿馬鹿しい」と思うのだろうか?
それとも、「その通り」と思うのだろうか、と聞いてみたかった。
そして「その通り」と思った方々は、おそらくは出てきたであろう罪悪感はどうしたのだろうか。


937 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/21(日) 17:08:06 qLe.ummcO
>>930
馬鹿馬鹿しいとは言わないけど何を主張したいのかはよくわからなかった。
以前からそういう疑問を感じる人や罪の意識を感じる人もいたね。

投影論を採用しなければ人は死なないのか。
そんなことはない。人は死ぬ。自然の摂理だからな。

じゃあ投影論を採用して、「人は死ぬ」ということが変わらなかったとして、それがなんなんだ。
むしろ、採用すれば(というか前提にすれば)「人は死ぬ」ことすら変えられるかもしれない。変えられたら儲けもの。


投影論ていうのは、「目の前の不可変更と思える現実を変えることができる」ということをその要旨として掲げる主張だろう?
それで罪悪感が出るという心境が私にはわからん。
むしろ、希望が出てくる魅力的な考え方と思うが。

まあそういう意見のやつもいると思ってくれ。


939 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/11/21(日) 17:47:46 66lV647I0
>>937
レスありがとう。クレさんだよね。こんにちは。
実は自分でも何がいいたいのか。。申し訳ないです。
ただ投影論を採用(投影は採用なのかな)というか投影論は真実なんじゃないかと思った。
採用するしないにかかわらず投影されているんじゃないかと。
おっしゃるように投影論を知れば「目の前の不可変更と思える現実を変えることができる」。
だから嬉しいし希望もでてくる。とても魅力的だと思う。
と、同時に投影論が真実だったなら愛する人の不幸は自分の心配やネガティブな感情が
知らずに投影されて創造していたことになるとも思った。
そしたら、罪悪感がでた。
だっていいことばかりが投影で悪いことは投影でないのはおかしいから。
そして投影論が真実なら、投影論>自然の摂理、かなとも思った。
自分の内面(たぶん潜在意識)が信じられた範囲でですが。
信じられた範囲だけ常識や自然の摂理をこえるのかなと思ったりしてる。
宙に浮く人、物質化できる人、助からない人を助けた人。。。
自然の摂理も因果関係で説明できるものだと思うけど、例えばクレシフトは
説明できない気がする。それは自然の摂理をこえてるのではないのかな。


947 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/21(日) 18:43:13 qLe.ummcO
>>939
投影論が真理だとしましょう。
投影論を知らないとしたら、現実が内面の投影だなんて思わないでしょう。
「現実は投影などではない」といった類の観念・信念が存在します。
投影であれば、それすら投影され、現実は私の内面と何ら関わりないものとして投影されるわけです。
したがって、投影論が真実であるとしても、投影論を知る前に起きた死について、自分のせいだと考える必要はないと私は思います。

さらに踏み込むと、投影論が真実であれば、「人の死」などというもの自体が完全に虚像になります。「死」は単なる投影であって、「死」があるわけではありません。
したがって、投影論が真実であれば「人の死」などというもの自体が実際には存在しないことになる。投影として、そう見えているだけということになる。

よって、そもそも投影論を知る前だろうが後だろうが、「自分のせいで人が死んだ」などと悔やむ必要は全くないわけです。

だから、私は投影論を知っても、人の死を悲しむことはありますが、それで自分を責めたり、まして不幸であったとか早過ぎた死などとは思っていません。

なぜなら、「死」など本当は存在しえないからです。
存在するように見えるのは「死」という観念が確固として存在するからに他ならない。

投影論で自然の摂理を超越できるのは同意です。理屈のうえでは、そうでなければおかしい。
自分でやってみようかな。徹底的に「時間」の存在を疑ってみよう。


960 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/21(日) 19:56:36 EtlbEhm60
>>947
ラスト1行ですが、なぜ投影論を確かめるのに「時間」の存在を疑ってみようと?
ちょっと唐突な気がしたので。

個人的に興味ひいて投げかけただけの質問なので、なんだったらスルーしてください。


980 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/21(日) 22:05:40 qLe.ummcO
>>960
途中の文章消してあるからわかりずらいかも。
私は投影論を確かめようなんて思ってません。私は投影論が真実でも108さんの釣りでもどっちでもいいです。一先ず投影論を前提として生きるまでです。


時間も自然の摂理であり、同時に私が時間という概念を保持していることの投影であるはずです。
私は以前「時間はないが、時間概念を採用しないことができるやつなんているのか?」という疑問を呈しましたが、我こそはという人がいなかったので自分でやろうかな、と。



955 名前: もぎりの名無しさん 投稿日: 2010/11/21(日) 19:20:43 66lV647I0
>>947
最初の5行、なるほどそうか!と読みました。
そうなら嬉しいし罪悪感もいらない、よかったなぁと。
ただちょっとひっかかったので、もう少し教えてください。

>「現実は投影などではない」といった類の観念・信念が存在します。
>投影であれば、それすら投影され、現実は私の内面と何ら関わりないものとして投影されるわけです。
ここなのですが、そうすると投影論を知らない人の現実は内面と関係ないことになりますよね。
投影論を知らない人で、お金がなく健康でなく不幸で困って質問に来てる方も多いと思うのです。
そしてここでは「今のあなたの内面がその現実を創っているのです」と助言されてる場面をみてきたのですが、
今までのその助言の仕方は間違っていたのかな、と思ってしまい何かひっかかりました。
そして、その人たちはなんで不幸なのでしょうか?


998 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/21(日) 23:15:18 qLe.ummcO
>>955
鋭いご指摘ありがとうございます。そのとおりですね。
その助言が108氏の助言かはわかりませんが、今ある現実は自分の内面の投影というのがスタート地点というのが私の考えですから、ご指摘の箇所は少なくとも私の考えと矛盾します。
だから撤回させて下さい。

一つ説明するならば、指摘のあった部分は、なお内面の投影であることを否定しない余地を留保している、と言える気がしますが、私ならそんなこと言われても(仮に理屈として通っても)納得しないので全撤回します。

私の根本的な意見はその下の部分ですから、影響はないでしょう。


983 名前: 55 ◆52uE3j0pa6 [sage] 投稿日: 2010/11/21(日) 22:13:43 o9z6Jxt.0
>>980
時間というのは、縁としてあるのだなあと近頃気付いた。
時間の概念を採用しないというのは、縁を切るということだ。


999 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/11/21(日) 23:20:30 qLe.ummcO
>>983
なるほど。その縁とは連続性とか因果関係とか言い換えられるかな?

今ふと思ったんだけど、時間という概念を採用しているということに気付いた時点で、もうほとんど時間概念を採用していないのかもしれない。

2010年11月2日火曜日

上海雑伎団スレ【第三十三幕】

108 名前: 55 ◆52uE3j0pa6 [sage] 投稿日: 2010/10/12(火) 22:48:35 o9z6Jxt.0
>>90
どうもどうも^^

> というか55さんに108さんのいう認識の変更ってどういうことか聞きたいです。

108さんのことは108さんに聞くべし!ってUMA(未確認生物)だもんね、もはや氏も。

多分、お尋ねになりたい件は、以下のこの辺に“何か”あると思いますので、
どうかニュアンスを汲んで同調してみて下さい。
不精しているのではありません。真剣であらばこそ、こんなレスしかできないのレス。

「認識を変更したい私は、認識が変更されていない私だ」
「認識を変更した私は、認識を変更する必要がない」
「たった今“そうである”ということは、たった今“そうである”ということだ。
これは最も簡単で最も強力な創造だ」

あ、あとこれも。

「幸福は不幸の反対ではない」


178 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/14(木) 21:25:01 lxqRO1k60
>>55さん。
認識の変更についてもっと書いてください。
お願いします。
>>108だけだと自分にはチンプンカンプンです。


180 名前: 55 ◆52uE3j0pa6 [sage] 投稿日: 2010/10/14(木) 21:29:44 o9z6Jxt.0 >>178
具体的にお願いしますです。


182 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/14(木) 21:58:49 qLe.ummcO
>>180
では横槍を突いて55さんの立場を確認したい。
認識の変更に限界はあると思いますか?
時間の概念を捨てることや人はいつか死ぬという観念を捨てることは可能ですか?
可能でないならばその理由もお聞きしたい。



183 名前: 55 ◆52uE3j0pa6 [sage] 投稿日: 2010/10/14(木) 22:38:03 o9z6Jxt.0 >>182
私は昨日や明日を「今この瞬間」経験できない。
私は「今この瞬間」死んでいない。
思うに「今この瞬間」には限界がないのではないでしょうか?

私たちがこうして概念について語る時には、
「であろうこと」「であったこと」に基づいています。
ならば果たして「今この瞬間」に概念を語ることができるでしょうか?
限界があるなしに関わらず、概念などというものがあるでしょうか?

つまり、こうです。限界はない。
しかし私たちが考え語ることには、限界がある。


188 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/15(金) 08:17:16 qLe.ummcO
>>183
それでは、今この瞬間とは何?

語ることに限界があるのには同意できます。私は時間や死の概念を具体的なレベルで捨てることができる人間はいないのではないかと考えていますが、それも一定の経験則に基づいています。私がそんな人間いないと思うからいないのだとも考えられるでしょう。むしろ投影論ならそれが素直だ。

一方、具体的な個々人を離れた抽象的なレベルで言えば、私は時間や死の概念を捨てることができると考えています。しかしそれは今この瞬間や、108氏の言う"今"に何もないからという理由ではなく、現実が内面の投影だとしたらそんな概念自体存在するわけがないから、捨てることができて当たり前だからです。

私がお聞きしたかったのは、抽象的なレベルで可能か不可能かもそうですが、具体的なレベルで、本当にそんな認識の変更ができる人はいるのか?ということです。前回の質問は曖昧すぎました。

そして私はこういう話相手を探していたので楽しいですwありがとう。



190 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/15(金) 09:09:34 qYqmbSSI0
>>189
クレさんのいう具体的とは、例えば自分のじいさんばあさんがもう結構な年齢に達していて、
それでも死などないという認識を持っていたら150歳まで生きていくのだろうかっていう疑問か、
もしくは、死などないという認識を持っていたら地上100メートルのビルから飛び降りたり、走行中の車に飛び込めるもんなのか
という疑問ではなかろうか?


189 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/15(金) 08:59:04 XcCbX5EEO
>>188
クレさんのいう「具体的レベル」の意味が汲み取れない…(´・ω・`)

わからんがw
仮に時間概念・生命概念を変更するとして、どこを探り弄るが最適か
とかもキモな気がする…
それ以前に、クレさんの「なる」をもってしても、そこには行き着けない…のか?w



あ、スンマソw
自分もこのやり取りは非常に楽しみなんでw
構わず続けておくんなましwww


196 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/15(金) 17:39:56 qLe.ummcO
>>190
そういうのとはちょっと違うかと思います。外れてはいませんが。

>>189
具体と抽象は相対的なもので分野によっても異なるから、それを当然に持ち出した私は悪い子だw
私個人を抽象化していくと、一例として→人→動物→生き物→存在
となっていくかな。
今回私の言う抽象というのは、主体を極限まで抽象化して、つまり主体を考えずに「可か不可か」ということ。
それに対して具体とは、主体が存在する。「私ができる」とか「108氏ができる」とか。
「そんなことできるやつがいるのか」 「できるか?」ではなく、「できる人がいると思いますか?あなたはできますか?」という疑問。


もちろん、これは私達が語ることなので、私達の脳みそを限界としてしか語れません。語れませんが、やはり主体を抽象化した場合時間概念を捨てることはできる。

そして、私が思うに、時間概念・生命概念を捨てるのに、あなたが言う「弄る」ことは不要だと思います。最初からそんなものはないが、ないうえでその概念を持つ以上、「最初からそんなものはなく、今も存在しない」ことを受け入れれば、それで済むはずです。
しかし、やはりそれを具体的にできるかどうかとは別の話だと私は考えます。



199 名前: 55 ◆52uE3j0pa6 [sage] 投稿日: 2010/10/15(金) 18:41:18 o9z6Jxt.0
>>188
具体的な個人から離れない具体的なレベルでのみ、時間や死からの自由があると思います。

具体的なレベルでは、今、私は生きている。今、死はない。
しかし抽象的なレベルになると、いつか誰かの死の体験がある。この先の死が見える。

私の今ここのリアルでは、私の寿命は尽きていない。
私は地上100メートルのビルから飛び降りて死んでいない。
私は走行中の自動車に飛び込んで怪我一つしていない。
私の今ここのリアルで、私は不死だ。

むしろ今ここのリアルにおいて、死こそが虚偽ではないでしょうか?


208 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/15(金) 21:22:17 qLe.ummcO
>>199
同じ意見かと思いきや、私とは少し意見が違うんですね。私は抽象的レベルでこそ人の死など見えない。具体的なレベルで私には人の死が見えます。


この間、いつぞやのリアル神対女の同期が突然亡くなりまして、私にはやはり死が"ある"のだと思いました。この"やはり"というのが、私自身死の存在を常に意識していたであろう証とも言えます。
私は死を微塵も怖れていません。むしろ不謹慎ですが、死んだら自分がどうなるかを知りたがっている。私には極めて好奇心をそそられる未知の体験です。その体験は必ずいつか訪れると感じている。だから私は毎日を後悔なく精一杯楽しみ生きている。
このように私は具体的に死が存在すると考えているわけですが、それは一方で死の存在を捨てることができていない証左であるわけです。しかし、実は捨てることができたと豪語する人間に出会いたがってもいる。
そして、世界が内面の投影なら、死は必ず存在するが、僅かながら死なない人間も存在して然るべきだと思うわけです。

だから、というわけではないですが、55さんにちょっと話してみようと考えたんです。あなたなら必ず私をワクワクさせるレスポンスがあると、これもまた確信したのです。

今ここに死がないというのは全面的に同意です。今ここにはそんなものすら抽象化され、抽象化されすぎてもはや何もないですが、全てがあります。そこにおいて死は虚偽だと私も考えます。

わかりずらい内容を汲み取って真摯にレスをくれる姿勢に感謝します。



202 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/15(金) 20:21:34 EtlbEhm60
>>188
>具体的なレベルで、本当にそんな認識の変更ができる人はいるのか?

相当に困難というのが私の意見です。

アカデミズムのある領域で認識の変化変容について研究が重ねられています。
もちろん主題はマイノリティやフェミニズムなどの問題ではありますが、
そのような常識的なテーマですら認識の変更は困難です。

ただ、引き寄せとの関連では、
何に関するものの、どの程度の、どのような方向の認識の変更が必要なのか、
ということが最初に問われないと、実践にしても議論にしても不毛だと思います。
まぁ、ここは雑談スレなので、そのあたりはテキトーに楽しみましょうw


210 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/15(金) 21:43:11 qLe.ummcO
>>202
ご意見ありがとうございます。それでは私の意見も述べます。

私はそのアカデミズムな領域とやらにも指くらいは突っ込んでますが、それは臨床・実験も含めた統計上の話でしょう?それは、全体を完全に調べるのが無理だから無作為にこんな感じの人達からいろいろやってデータ採って、その資料から推察される結論を正当ということにして納得しましょうね、という大前提の合意の下の話であって、実際にできる人間がいるのかどうか・それが困難なのかとは何の関わりもないわけです。

そして、私はこの疑問を投げ掛けて実践に役立てようとか議論して行こうとは考えていません。
55さんがいたから聞いてみただけです。こういう話にも付き合ってくれそうな気がしたからw


198 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/15(金) 18:37:59 XcCbX5EEO

>>196
…えー、>>190さんのも違う?つまり例え話の空論ではない、ってことなんかなw
「この人はこんな場面でこんな現象を引き起こしてると聞きました・見ましたから出来る人の範疇に入ると思います、だから居ると思います」
とかそんな感じなんかいな?いやーそれもちょい違うような…
かと言って「出来るし居ると思う(出来る・居ると信じるのみでも可)かどうか」だけを質問してるとは到底思えないし…


…………



\(^o^)/わっからーんwwww



↑スマンですw以上ほっといてくだされww

このやり取りをもっと楽しく読みたい!しかし
クレさんの質問の真意が掴めないことにゃ…といういわば個人的趣味ですわw
そんなもんに付き合わせてしもて申し訳ないっすorz

とか書いてる内に!あーやっと午後T氏帰ってきた!
早くアンサーしてくれーwwww


211 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/15(金) 21:44:02 qLe.ummcO
>>198
>「出来るし居ると思う(出来る・居ると信じるのみでも可)かどうか」だけを質問してるとは到底思えないし…

いや、それしか聞こうとは思ってなかった。
だから55さんが「わからんw」と言ってきたら「そーすかwサーセンw」でよかったわけです。

まあつまらなかっただろうけどw



212 名前: 24 投稿日: 2010/10/15(金) 22:14:35 f8oUI6i60
なあクレさん55さん。二人の会話にわって入るが

それが 願望を叶える上で重要な事と何か関係あるのか? 

まったくあんたらの会話わかんね~

己の野望を叶える為になる事に関係あるなら興味津々だがな


213 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/15(金) 22:19:55 XcCbX5EEO
>>211
なははwまたクレさんにはしてやられましたなwwって勝手にすごい想像しただけなんだけどねww

ちなみに「また」ってのは、クレシフトの時もそうだったからw
決してクレシフトをバカにするわけじゃないけど、あれも結局
特別な才能ある選ばれた人間のみが使える高等技術でもなんでもなくて
「みんな普段からやってるじゃん」的な代物だったんだよね。
気付いた時はマジ拍子抜けたww


215 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/15(金) 23:02:00 XcCbX5EEO
>>208
あぁあ!
なんか出てきたぞ産まれましたぜクレさんや。
って大袈裟だがw

>私とは少し意見が違うんですね。私は抽象的レベルでこそ人の死など見えない。具体的なレベルで私には人の死が見えます。

ここんとこ。
「見る」に辺りピント合わせる位置かズームする範囲の違い=意見の相違
ではないかい?

例えば、宇宙から見たら人間なんかチリ以下だし、逆に顕微鏡で人間様の姿形は捕らえられない。
人間を裸眼で見たのと顕微鏡で見たのの違いを話してるのが55さんなら、宇宙から地球上の人間と地上で地球(同じ地上)にいる人間の見え方の違いを語るのがクレさん
でも見てるものそのものは実は全く同じ
こんなん出ましたけどw


で、ついでなんだけど聞けなかったから再質問。
クレさんは
クレシフト=なるをもってしても、死の観念系統や時間関連の観念を変更出来ない
と結論つけたから55さんとああいうやり取りしたってことなのかな?


265 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/16(土) 19:09:23 qLe.ummcO
>>212
少なくともそんなことのために私は話してない。

>>213
>>215
表現が難しく見えるだけです。私は普段から正しいが難解な文を書くと注意されたりするくらいだからな。すまん。

あ、それ質問だったのね。私が55さんに質問したのは55さんがいて私が質問したかったからだよ。
"クレシフトでは"っていうのも相当抽象的な話で、それは可能だ。何度も言うけどそれは認識の変更そのものだから。


374 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/19(火) 01:06:43 z2RMBpuI0
DAZEさんや55さんは物事に執着するってことは
今はもうないですか?

執着ってなんだろね。
きっと分離や恐怖心から来るのかな、と思うんだけど。

執着心を取り除くには「心配しなくていい。大丈夫だ」と
自分を安心させてあげることがいいのかな?


387 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/19(火) 11:32:57 qLe.ummcO
>>374
分離からくるものだと思うな。
"それじゃなければダメ"という執着心は、自分の五感の作用で感じ・考え・把握し・評価したものとそれ以外を切り離す。
「あの人じゃなければダメ」なんていう人よくいるし、自分自身もそうだったけど、実際はそんなことない。
満たされてるときに振り返れば、人も物も"それ"じゃなきゃダメだった経験なんて結局一度もないや。"それ"よりいい人・物に出会うと"そっち"の方がよくなって"それ"のことどっちでもよくなる。

何かを埋めたいんだよな~。多分。"それ"で。



392 名前: ぶたまん [sage] 投稿日: 2010/10/19(火) 13:15:20 kXkdZq.20
>>387

そうそう。
結局“それ”しか知らないから“それ”に執着しちゃうんだよね。
んで、否応なく“それ”を手にしていない現象を確認してしまう。

“それ”が満たしてくれるものに照準をあわせると、“それ”でなくてもいい事に気づく。
そうすると“それ”を今手にしていなくても悶々としなくてすむ。

どうしても551の豚まんを和風からしと醤油で食べたい~と思っていても、
ヨメが「(菊水の寒干)ラーメンでも作ろうか?」って言うと、
そうそう、それが喰いたかったんだよ~ってなるな。

withモルツ、は譲れないがw


398 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/19(火) 14:50:58 utxK6XGQO
>>387
それでは何故わざわざ一つのものに執着するのでしょう?
「それ」に執着してしまったのは何故か?というか。
執着自体ではなく、何故「それ」を選んだのか疑問です。

おにぎりの具は梅でなければいけないとか、この人と付き合いたい!など。


403 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/19(火) 16:46:08 qLe.ummcO
>>392
モルツは外せない。

>>398
おにぎりはさておき「この人と付き合いたい」には執着心がないと思う。

執着してしまうまともな理由なんてあるのかなあ。そんな理由がないからこそ、あなたのおっしゃるように「なぜ一つのものに執着するの?」という疑問に行き着くんだと思う。

なぜ「それ」を選んだかっていうのは具体的な場面で様々な理由があるだろうね。一般化・抽象化すると「それがよかったから」という風にトートロジーになってしまう。
それも突き詰めて行けば理由なんてなくなると思うけど、そこまで抽象化して考えてもあんまり楽しくないなあ。

2010年10月8日金曜日

上海雑伎団スレ【第三十二幕】

976 名前: もぎりの名無しさん [sage] 投稿日: 2010/10/07(木) 21:34:00 qLe.ummcO
引き寄せって、存在することを前提に考えれば自分が何をするか見えてくるな。

私の様に引き寄せの存在に比較的懐疑的な人間も、信じる必要がなく、ただそれを大前提として行動すればよいというところに引き寄せの魅力がある気がする。